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2017.05.30話題・おもしろ

気象予報士ランキング2016 総合第2位 依田司さんに グッド!インタビュー!(前編)

気象予報士ランキング2016で、総合第2位に輝いた 依田司さんにインタビューをしてきました。

今回は その前編です。気象予報士になるまでの話や、これまでの出演番組のエピソードをたっぷり語っていただきました。

 

—– 気象予報士になるまでのことを簡単にご紹介いただけますか。

 

子供の頃から「お天気おじさん」になりたくて、大学も天気の勉強をするために東海大学の海洋学部だけ1本に絞って入学しました。卒業後は、気象衛星やアメダスのシステムに関わっていたNECに就職したのですが、気象関係の部門には配属されず、海外向け構内電話交換機のSE(システムエンジニア)として働いていました。6年ぐらい働いた頃、日本も「お天気の自由化」となり、気象予報士の資格制度ができました。

とりあえず、腕試しのつもりで、気象予報士試験を第1回から受験しました。

2回目のとき、試験会場の校門のところに、ウェザーニューズの社員が「社員募集」のパンフレットを配っていたので、後日、応募したら、まんまとウェザーニューズに転職できました(笑) ウェザーニースに入社して、気象予報士試験には通算3回目で合格しました。

 

—– 気象予報士になってからのことを教えていただけますか。

 

ウェザーニューズに入った当初は、地方局の天気予報の原稿を書いたり、先輩の代行でテレビやラジオに少し出演したり、お天気CGの企画制作に関わったりしていました。

2年後、テレビ朝日のスーパーJチャンネル内の「ヤン坊マー坊天気予報」の月曜・火曜・水曜担当のお天気キャスターになりました。これがテレビ朝日デビューです。

テレビ朝日に出演した初日は、緊張しました。親族がみんな心配してくれて、漢方の「緊張を緩和する薬」を、薬屋さんをしている親戚からもらって飲んで出演しました(笑)

その薬は、桐の箱に入っていて、薬は金箔に包まれていました(笑)

続いて、「源さんの天気予報」に出演しました。源さんは、人の体の各部位にセンサーを付けた人の動き通りにアニメが動くというバーチャルキャラクターで、当初はアニメの源さんがひとりで天気予報をしていたのですが、気象予報士を入れる形になり、源さんと絡むお天気も担当することになりました。普通に天気予報をするだけでも大変ですが、隣にバーチャルキャラクターの源さんがいる体(てい)で、掛け合いをしながら行うので、もっと大変でした。源さんと目線も合わせられないし、最初のころは、それが原因でかなり痩せました(笑) ただ、慣れてきたら、CGの世界が自分の頭の中に浮かんで、ぴったり目線も合うように順応しました(笑)

最初からこんな荒行(笑)をしたこともあり、普通は慣れるのに大変なクロマキーは苦ではなくなりました。クロマキーよりも大変なバーチャル世界に放り込まれたのですから(笑)

当時としては、リアルタイムCGキャラクターを使った先進的なバーチャル技術でしたので、番組は「第51回日本映画テレビ技術協会技術開発賞」と「1998年日本民間放送連盟技術部門優秀賞」を受賞しました。

 

 

スーパーJチャンネルに8年ほど出演したあと、「報道ステーション」のデスク担当になりましたが、台風が近づいてきたときなどは、メインキャスターの古舘伊知郎さんの隣で解説をすることもありました。この仕事を行ったおかげで、気象予報士としてステップアップできたと思っています。番組スタートから、徐々に視聴率が上がっていき、20数パーセントという一番視聴率が高いタイミングで、お天気の解説をやらせてもらっていました。

「天気って、視聴率がとれるものなんだ!」とすごく自信にもなりましたし、よい経験もさせてもらいました。

古舘さんはすごい方で、予定では5分枠のところ、話が面白いと、倍の10分に延ばして、ずっとお天気の話をさせてくれました。話が盛り上がるに連れて、視聴率もぐんと伸びていきました。今出演している グッド!モーニングでは、1秒でもおすと番組スタッフが怒るんですけどね(笑)

また、私が一番やりたかった「竜巻を追いかける」ということもやらせてもらいました。

この業界に入る前にスティーヴン・スピルバーグ監督の『ツイスター』を観てあこがれていました。1か月ぐらい、オクラホマ州に滞在して、地元テレビ局のクルーに密着して、竜巻を追いかけました。現地では、竜巻が発生すると、ひとつのテレビ局で視聴率が 80%ぐらいになります。

 

報道ステーションを6年ほど担当したあと、朝の「やじうまテレビ!」という番組の担当になりました。しかも、最初は MC(司会)として抜擢されました(笑) 6年間、帯番組に出演していない私がいきなりMCに!

 

 

—– 大抜擢された理由は何だったのでしょうか。

 

まったくわかりません(笑) きっとテレビ局のほうで朝の番組を新しく変えたかったんだと思います。視聴者も最初はお天気の番組と思ったかもしれませんね(笑)

半年ほどさせていただいたとき、ちょうど2011年3月、東日本大震災が起きました。翌月4月から現在のように中継先からお天気を放送する番組スタイルになりました。

今までのいろいろな番組の出演経験を通して、一皮も二皮もむけて、「やっぱり自分には天気が合っている」と確信しました。

それまではお天気を伝えるだけの一方通行でした。 それが、中継スタイルに変わり、中継先に近所の方がたくさんやってきてくれました。テレビの向こう側に観てくれている人がいるんだなと感じて、自分の中でも変化が出てきて、「観られている」という手ごたえを感じるようになりました。1つの番組を長く担当させてもらっていたら、今のような自分はなかったと思います。

 

 

—– グッド!モーニングでは 毎日各地から中継されていますが、場所はどうやって決められているのですか。

 

放送がある月曜日から金曜日まで各担当ディレクターがいて、彼らが決めています。

2か月ぐらい前から計画的に中継先を決めています。番組当初は、新潟に大雪が降ったから、明日は新潟から中継、のように放送前日の夕方に急きょ変更になることも良くありました。

基本的には、ディレクターが決めますが、2、3か月に一回ぐらい「ここに行きたいよ」リストを私からディレクターに提出していますが、なかなか採用されません(笑)

最近、採用された中継先は、タイムリーな話題になっている眞子さまが小室圭さんとデートしたと噂されている埼玉県長瀞の宝登山神社です。(※ 5月24日に放送されました。)

番組視聴者は比較的年齢層が高めですので、季節のお花などが咲いている中継先が喜ばれます。

中継先には、番組をご覧になった人が見学に訪れるそうで、番組の影響力がかなりあるようです。

去年、東京の羽村市のチューリップ畑から中継したのですが、この羽村市は、東京市部の中で一番知名度が低いと言われて、しかも当日は雨が降っていたのですが、昼過ぎに市役所の方から番組宛てに「大変です。羽村市 始まって以来、(チューリップ畑への道路が)渋滞になっています。」と電話がかかってきました。こういうケースがすごく多くて、土日でも渋滞にならないのに中継で取り上げたので渋滞になったということが他にもよくあるそうです。

番組当初は、中継のセッティング作業が午前3時から開始と聞いて断られるケースが多かったのですが、最近は断られるケースがほぼなくなりました。逆に、中継に来られると、たくさん人がやってきてしまうので困ると言われるケースも増えてきましたね(笑)

 

 

後編はこちら

 

(撮影・編集 森川 創)

関連リンク:

テレビ朝日「グッド!モーニング」

http://www.tv-asahi.co.jp/goodmorning/

 

テレビ朝日「サタデーステーション」

http://www.tv-asahi.co.jp/ss-st/

 

ウェザーニューズ

https://jp.weathernews.com/